◆ヒマラヤ水晶は浄化の水晶と言われているほど浄化力のすぐれた水晶。大別すると、ネパール産、北インド産、カラコルム山脈やヒンドゥークシュ山脈などのパキスタン産があります。地質学的には地つづきの中国雲南省や四川省産の水晶は産地は異なっていてもヒマラヤ水晶と同じ性質を宿しています。
◆「浄化」はテーマの広い問題で、いっぱんには「穢れ・不浄」の対句であり、仏教的には因縁の解消を意味します。土地にはその土地にまつわるあれこれの因縁があり、個人においては過去世を問わずとも、生まれた土地や成長の過程がその人なりの対人関係を作っていくと考えられます。
◆土地の因縁はかつて戦場・刑場・古墳だったり、以前にそこに住んでいた人が不幸な死に方をするなどすると、穢れると考えられてきました。古代中国生まれの「風水」では、家の立地条件や玄関の向きについての様々な禁忌があり、理想から外れると「福気」は家に寄り付かなくなるとされてきました。
◆日本には「風水」とは別に、古くから東北の方向は神々や霊の通り道という考えがあって、家の中心から見て東北の方向に台所やトイレ、玄関を置くのを嫌ってきました。気にしなければそれだけのことですが、気にし始めると気持ちは収まりづらくなります。こんなときには玄関や居間に縁起のいいものを飾ったり、大振りの水晶クラスターを飾ると 「気」の環境を改善できます。
◆「浄化」がもっとも必要とされているのは、今の時代においては、親子・同僚・組織やグループ内での人間関係にあります。とくにここ数年間世の中はずいぶんと慌ただしくなって、対人関係に軋轢が生じやすくなっています。たとえば昨日までは、こういうふうに接すればこうなるだろうと予測できた対人関係が、思わぬ方向に発展してしまうこともしばしばです。
◆ヒマラヤ水晶のすがすがしい「気」を浴びて自分を浄化する、つまりはリセットすると相手を読む力も養えて、軋轢の多い関係性に溺れてしまうのではなく、関係性を自分の意志で演出できるような生き方が見えてきます。
◆たとえば、親は「私」を見ていない! 親の勝手な思い込みを押しつけてくるだけ。という問題があります。この問題は大人になってもネガティブな影を投げかけつづけます。関係性が浄化されないと、恋人や配偶者を相手に親子ゴッコを再演することになり、やがては自分と自分の子供の間で、自分と親との関係を引き継いでいくことになってしまいます。
◆配偶者やパートナーが、自分勝手な要求ばかり押しつけてくる。「本当の私」を理解してくれないし、見てもくれない、という悩みは面白くない人生になってしまいます。同僚や上司が私を認めてくれないという悩みは、働く意欲をなくしてしまいます。
◆ヒマラヤ水晶原石や加工品をしばらくの間、なるべく無心になって眺める。水晶の「気」を受けてパワーアップした「私」は、これまでの対人関係を一歩離れたところから眺められる私であり、関係性のうずから離れることで、いま、何をなすべきかを見つけられることと思います。